1963 プリンス スカイライン GT

1963年、2代目プリンススカイライン(s50型)が発売されました。
1966年、自動車業界再編の為、日産とプリンスが合併を…
1967年、スカイラインがマイナーチェンジをし、日産プリンス
スカイライン(s57型)が発売される。



スカイラインを生み出したプリンスは、 レースの為にボディを
20cmほど伸ばしグロリアの6気筒エンジンを無理やり押し
込みパワフルな6気筒スカイラインを作り上げホモロ
ゲーションを得るために100台を手作りする。
ここにスカイラインGTが誕生した。

1964年、第二回日本グランプリにおいて純然たるレーシングカー
である ポルシェ904(式場)を抜いた 伝説のスカイラインGT
(ドライバー生沢)が、これだ…
である ポルシェ904(式場)を抜いた 伝説のスカイラインGT
(ドライバー生沢)が、これだ…

レース7週目、ホームストレートに戻って来たゼッケン41
生沢の運転するスカイラインがなんとポルシェ904を
後ろに従えていたのだ。
生沢の運転するスカイラインがなんとポルシェ904を
後ろに従えていたのだ。
最終的には ポルシェ904が大差をつけ優勝は
したものの 一瞬でもスカイラインGTが
ポルシェを抜いたという事実…
観客の脳裏に焼き付けられ伝説となった。
1964年第二回日本GP( GT‐Ⅱ )3位
スカイラインGTS54モデル
スカイラインGTS54モデル
(ドライバー生沢徹)

第二回日本グランプリにおいて、ツーリングカーの
T-Ⅴクラス(1301~1600cc)をスカイラインが
1位以下を独占する。
また、同グランプリGTカーのGT‐Ⅱクラス
(1001~2000cc)においても、2位~6位
(1位はポルシェ904)を独占した。
こうして日本屈指のGT車としての名を
確立していったスカイラインGT‥



今では日本を代表するスポーツセダンとしての
ブランドを確立した日産スカイライン‥
そのスポーツイメージを確立したのが
この2代目モデルである。



